バビロンって何?その中身、本当の意味とは

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バビロンというのは警察の事ですか?違います。

バビロンというのは国家権力の事ですか?違います。

バビロンというのは資本主義の事ですか?違います。

バビロンというのは陰謀論の事ですか?違います。

 

 

近頃、日本人でもよく耳にする「バビロン」という言葉(表現)。それはいったい何を指しているんでしょうか。

私の体感的にこの言葉は、漠然と大きなもの、強いもの、敵わないものによく使われている気がします。例えば国家権力がそのいい例です。

 

この「バビロン」という表現はもともとレゲエ音楽でもよく知られるジャマイカの黒人解放思想「ラスタファリ運動(Rastafari movement)」から生まれたものです。
英国、西洋文明支配からの解放を願い、生まれた「ラスタファリ運動」は今やレゲエ音楽を通して広く知られ、世界中にその実践者が居ます。
その思想の中身は例えば、髪を切ったりピアスを開けたりしない(身体に傷を付けない)、菜食主義、大麻の使用など、昨今の平和主義とよく融合しそうな内容もあれば、同性愛は死刑に値するなどというアブナイ思想も含まれます。

そしてそのラスタ思想の中でよく使われる「バビロン」という表現は、今やそのシーンを飛び出し様々なアンダーグラウンドシーンのアーティスト、若者たちに好んで使われるようになりました。

 

 

ラスタファリ運動の実践者(ラスタマン)の使う「バビロン」とは本来、「英国により支配されたジャマイカ」を指し、その対義語でよく知られる「ザイオン」は「長らく西洋列強からの支配を受けていないエチオピア(アフリカ)」の事を指します。

つまり彼ら(ラスタマン)は黒人である自分たちのアイデンティティをアフリカの大地に見いだし、黒人の王が君臨する不屈の帝国エチオピアをザイオンと唱い、対して植民地支配された自らの住む環境、または支配者をバビロンと呼んだのです。

 

今では若者たちがバビロンと表現する時、それは概して、自分たちを支配する何か大きな漠然とした「敵」に対してです。
警察や政治家、銀行や権力、社会を牛耳る大物に対してです。

 

 

しかしそれでは「木を見て森を見ず」です。

いや、というよりは「木を見て土を見ず」と言ったほうが的確でしょうか。

 

 


ではここで「バビロン」という表現の真意、そしてそれが指すものとは一体何なのか紐解いていきます。

ちなみに数あるボブマーリーの曲にはその答えがたくさん隠れています。

 

 

まず結論から言いますとバビロンとは支配しようとする心の事です。
またはその心の働きの事です。
つまり我々の目に映る「支配構造」は単なる結果でしかなく、それを積み上げたのは人々の心なのです。

 

考えてみてください。
警察も資本主義も国家体制もそのもの自体に問題が在るわけではなく、運用する人々の念がその性格を決定するのです。
ですので、それらのシステムはバビロンシステムでもなんでもなく、私たちが必要とし、発明して来たシステムなのです。

たしかに今の世界、金銭的にこの世のほとんどを支配する1%の人々が居る事は否定しません。
しかしそれは「悪の凡庸さ」で説明する事ができます。
どういう事かと言いますと、支配者層に居る彼らが、仮に彼らではなく他の誰かであったとしても同じ事が起こりえただろう、という事です。つまり、それはあなただったかもしれないし私だったかもしれないのです。

 

つまりバビロンとは「こいつが犯人だ」といって指で指せるものではなく、支配しようとする人間の心の作用の事なのです。
ラスタマンは英国支配体制をバビロンと表現していますが、その支配体制の源流には体制を求めた人々の心作用があります。

英国の支配が目に見える「木」だとすれば、その木を育てる「土」は人の心です。

 

 

では、支配したがる人間の心とは具体的にどういうものなのでしょうか?

 

支配するという事は、自分以外の何かに対する所有権を主張するという事と同じです。

本来、自分の肉体以外何も持たない私たちが外界の何かに向かって所有権主張するという事は、そのものを支配するという事と言えるのです。

『支配=所有』です。

それは一般的な土地や家の所有から情報の所有、「君は僕のものだ」という所有や、或は「あいつは俺が育てたんだ」という過去の所有まで人の心はいろいろな物を所有しようとします。

(正確に言うと所有という概念自体が幻想なのですが、ここでは深く触れません)

 

裸で生まれて何一つ持たないところから始まった私たちは成長するにつれて、生きていくのに必要そうなものを手に入れては、そのものたちに「所有」という名札をつけて安心します。

そうして必要性から生まれた「所有する」という概念は、家や土地、食べ物やその他の生活用品を「所有」していくことで私たちに安心感を与え、彩られる度にその生活は私たちにとって当たり前の水準となってきました。

 

しかし生活水準というのは一度上げてしまうとなかなか下がるのを嫌い、それは次第に私たちに「所有している安心感」「所有していない不安感」を植え付けはじめます。

所有している安心感は麻薬となり、それまで得て来た環境が自分自身のデフォルトだと思い込み、そのデフォルトラインを下回る事を恐れはじめます。

所有していない不安感は人々に物足りなさを思わせ続け、満たされない感情を育て上げます。「持っている」という前提から持っていない自分を計っては必死に何かを得ようとするのです。

 

人間は得る事は大得意ですが、失う事は苦手です。

 

 

だんだんバビロンの正体が見えてきましたね。

 

不安感を嫌い、安心感を得るために所有し、支配を広げる。

 

もちろん命を持って生まれたからには生存欲があります。
日々の生活を健康的に送る事を前提に生を授かったはずですからね。

しかし生活のデフォルトをどんどん持ち上げてしまった私たちの生活にはもはや過度の「欲張り」が付き物になっています。
そして欲張る気持ちは永遠に満たされない欲求不満を生み出します。

 

 

思い当たりますよね。

始まりはいつもちょっとした欲張りからです。

それこそがバビロンの正体なのです。

 

 

バビロンというのは何も大きくて強くて敵わないものでも何でもなく、私たちに潜在的に宿る「不安感」や「欲張り」の事なのです。

中毒者さながらの凶行は日常で育てられているのです。
そのような心の働きが現代の巨大権力や巨大建造物を育て上げて来たのです。

 

どうでしょう。こういう風に言い換えるとだいぶ身近に感じられますね

 

 

ではどうすれば解放を得る事が出来るのでしょうか。

続きはこちらの記事へどうぞ。

追加記事:方法になく思考にあり「自己解放」の意味とは

 

それではよい日々を

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2 件のコメント

  1. 匿名 返信

    読み心地の良い記事に感銘致しました。
    是非シェアさせてください。

    • momo 投稿者返信

      喜んで!
      そう感じて頂けて嬉しいです。どうもありがとうございます。

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