日本人の習慣「頭を下げる」は5段階に分類できる

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日本人ってよく頭を下げますよね。

私も例外ではありません。

 

先週末は嫁とイベント出店ではるばる阿蘇までの遠征でした。
途中で立ち寄ったガソリンスタンドは普段入れているより10円以上も安い価格で私も嫁も大喜びです。

燃料価格は住む土地を選ぶ上でなかなか無視できないものです。私たちの住む事となった町はカルテルがキツいと聞きます。そしてその通り、近辺ではどこで給油しても均一して高いのです。

 

そんな私たちが生活圏外で立ち寄った格安のガソリンスタンド。
とても小さく給油機は一台しかありません。

そして見かけたのがこの看板です。

 

 

スクリーンショット(2014-10-14 20.01.36)

どう見ても頭下げ過ぎです。

 

汗を飛ばしながら両手両膝をついて「ありがとうございます」は何だか見てて息に詰まるものがあります。

もうちょい楽に行こうよと思ってしまいます。

 

 

海外に行ったり外国人に会ったりすると思いますが、日本人はとても頭をよく下げる民族です。あと韓国人もわりかし頭を下げる民族だと思います。
どうでしょう、仏教国はわりと頭を下げる習慣があるようにも思いますが、日本人の頭を下げる習慣はそれとはまた違う気がします。
海外で「やたらペコペコするやつだな」と思われている日本人は少なくないと思います。

これは日本人特有のみたいなものだと思うんですが、「土下座」を調べてみると土下座は邪馬台国から存在したとの話もあります。
その真意はどうなのかは分かりませんが、深々と根付いたその習慣はまぎれもなく自分の中に存在します。

 

 


そこで「頭を下げる」ことについて調べてみると、次のように5段階の違いに辿り着きました。

以下goo辞書を参照。

 

 

まずは「会釈」です。
これは軽く頭を下げて挨拶する事ですね。日本人は一回の外出で最低一回は会釈すると思います。コンビニで、スーパーで、スタンドで、どんな場面でも。

 

次に、どちらも読み方が同じの「黙礼(モクレイ)」「目礼(モクレイ)」があります。
私は両者どちらも耳にした事がありません。

まず最初の「黙礼」。これは無言で頭を下げる事を言うそうです。
無言で頭を下げるとはどんな場面でしょう。旅館の仲居さんが戸を閉めるときとか?或は結婚式で新婦が父親に無言で一礼したりとか?でしょうか。
私はあまりピンときませんが、黙礼する事もなくはないと思います。

 

そしてもう一つの「目礼」です。これも書いて字の如しなのですが、頭はあまり下げずに目つきで敬意を表す事を言うそうです。

これは難しいです。どういった場面でしょうか。

「目つきで敬意を表す」
これはにじみ出るものでしょうか?意識して表現するにはかなりの表現力が求められる気がします。
少なくとも私のような並の男ではそういう目つきを上手く表現できる自信がありません。

 

難易度が高いものも中にはあるようですね。

 

 

そして、
お次の「頭を下げる」は「最敬礼」です。

これは腰を折って深々と頭を下げる事とあります。

辞書では最も丁寧な敬意の表わし方とあるんですが、これは「敬意」だけを表すものではなく、ポジティブの場合ネガティブの場合があると思います。

ポジティブの場合は例えば寿司屋を出る時、例えばガソリンスタンドを出る時など、考えてみれば今時見かけるのはほとんど接客業です。
そしてネガティブの場合は例えば謝罪会見のアレです。ずらっと並んで一斉に頭を下げるアレはなかなか視覚的に迫力がありますよね。

このようにどちらにも対応できる「最も丁寧」というわけです。

 

 

しかし、
「最も丁寧」であるはずの「最敬礼」の更に上を行くものがあります。

 

その名も「叩頭(コウトウ)」です。

これは頭を地面にすりつけてお辞儀をする事とあります。

いわゆる土下座のことですね。

これ以上の敬服の図は人間の四肢では不可能と言える程の究極のポーズです。

この究極のポーズは世界中で見られますね。ムスリムのサラート。インドのヨガ。他にも色々あると思います。

 

 


そう考えると、このポーズは我々の生き物としての究極のポーズと言えるのかもしれません。

「謝罪」という意味だけで行われるならその限りだと思います。
しかし心を込めた上で「地に頭をつける」という行為を行った時、それはその見た目以上に、行った人に大きな意味効果をもたらすものだと思います。

 

私自身の経験から言えば、それは「行う人にとって安らぎに繋がる」ような効果を得られるポーズです。

それは毎朝のように畑に通っていた頃です。早朝の畑についた私はまず軽く散歩してストレッチをしてから野菜の収穫を始めるのが日課でした。
そんな時、朝日に向かって頭を地面につけて大地と解け合うと、漠然とした安心感と感謝、そして万物に対する畏れ多い気持ちを抱いたりするものでした。

それは尊い感謝という気持ちと、どうしようもない諦めのような気持ちとでも言いましょうか。しかしそれらは総じて潔い気持ちであるのです。少し植物的になるとも言えるかもしれません。

 

 

人それぞれ感じる事は実に様々でしょう。しかしこれが「人間が成せる究極のポーズ」だと考えた時、それは人知を超えた何か流れによって「必然的に成されている」とも言えると思うんです。

 

 

誰に謝る事なく、心を込めて地に額を当てる。
一日の始まりにいいかも知れませんよ。

 

それではよい日々を

 

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