水は山から風呂は釜から

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ひと月2000円です。

保険やら自治会費やらありますが、家賃は正味2000円です。

 

そんな家ですから色々手がかかります。
借りた当時、一切何にも手つかずで渡されたこの家。家賃の安さにはそれなりの理由がございます。

 

風呂はまだ使えていません。
蛇口から水は出まいせん。
トイレはバケツで流しています。
ガスは引いていません。
燃料は薪とカセットコンロです。
しばらくは冷蔵庫ナシでしたが最近冷凍庫を買いました。

 

冷凍庫はいいですよ。
私と嫁は車中生活を終えてからも、しばらくの間はクーラーボックスを冷蔵庫代わりに使っていました。
しかし、夏でした。色々腐らせてしまいました。
果物はドロドロに溶け、豆乳は逆に固まりました。

そこで家電を導入しようということになったんですが、クーラーボックス利用の知恵がもう板についてきていた嫁と私は冷凍庫だけでいいじゃないか、
と思ったわけです。

 

そして買いました。
約四ヶ月ぶりの冷蔵設備を前にした私たちは大喜びです。

 

 

届いたばかりの冷蔵庫:アルミス ノンフロン冷凍庫 ADW-100C
届いたばかりの冷蔵庫:アルミス ノンフロン冷凍庫 ADW-100C

 

早速アイスを買いました。
お肉を買いました。
お魚を買いました。

嫁は興奮しすぎてチョコレートを2kgもネットで買いました。

女の人にチョコレートを規制する法案が必要かもしれません。

 

そんなわけで、元々節約癖のある私たちの冷蔵事情は現在、冷凍庫クーラーボックスとなっております。今のところまだ不便は想像できませんが、どうでしょう。電気代は安いと思います。

 

 


さて今回のタイトルでもある風呂と水ですが、まず風呂。

この家の風呂は近所の人が口を揃えて「水漏れする」といいます。
すごいですね、田舎の人は人んちの風呂事情ぐらい普通に知ってます。そのほか、家の事はほとんど近所の人に教えてもらいました。家主さんよりも。

そんなうちの風呂なんですが、はい。漏れますね。
その通りです。

ですので私たち夫婦はカマドでお湯を炊いて、そのお湯をかぶる。というとても原始的なバスタイムを送っています。

しかし最近急に寒くなってきました。もう外でお湯をかぶるには寒くなってきます。そこで最近風呂の復活を試みようと動き出したところです。
また追って風呂直しレポートを出来ればと思います。

ちなみにカマドは15Lくらいのバケツで3杯程入ります。
嫁は2杯、私は1杯。燃料はもちろん薪です。
風が南の時は、生活空間が煙だらけになります。という事もあり風呂の復旧が急がれるのです。

 

我が家のボイラー。かまど
我が家のボイラー。かまど

 

 

そして水。

この家に初めて取りかかった日、まず初めに確保したのが水です。

裏山から水をとっているこの辺の集落は、みんなそれぞれ水脈のパイプラインがあって、長い人だと川の上流の方から100m以上もパイプを敷いて水を引きます。
川上であるほど水はきれいですからね。

私たちはと言うと、恵まれた事にすぐ裏が水源なんですが、水源と家のつながりは途絶え、網の目のように張り巡らされたパイプに水は流れていませんでした。

しかし水源は元気に溢れ続けているので、辿って辿って、パイプのつまりを取り払ってあげると、その出口からは勢い良く泥水が吐き出されました。

どっばーーーっと
溢れる溢れる、流れるながれる
もう、嬉しくて踊りだしそうでした。
その止めどなく悠然と流れる家で唯一の水場はまるで神聖な滝のようです。
きっと水の接続や開通は昔から神聖なものだったのでしょう。この体験は水への考え方がまるで変わってきます。

色々考えさせられました。

 

今回おもに教わったことはといいますと、
水は流れている。

ということです。

 

え?
が聞こえてきそうですね。

説明します。
私たちの生まれた時代というのは既に上水道が整備されて当たり前だったんですね。もちろん現在我が家があるような山や田舎の方では、今でも山から水を引いていたりしますが。

 

上水道世代は蛇口世代とも言えるんです。
私たちの時代は蛇口をひねると水が出る世代なんです。

そして当然蛇口は閉めますよね。

そこが頭の蛇口も一緒に閉めてしまっているところと言えるんです。

 

 

水というのは本来、言うまでもなく流れていますね。天から地に、山から海に、上から下に。
そしてその流れは私たちの介入するまでもなく、ただただ潔く続いている。

そしてその隙間で水をミギヒダリして蛇口を開けたり閉めたりしているのが私たちです。
工業に使ったり農業に使ったりダムに貯めたりボトルに詰めたり。
その水というのはただひととき私たちとあるだけで本来はどこにも属さずただただ流れているだけなんです。

 

 

そんな当たり前のことを今一度考え直し、何度も何度も『止めなくてもいい水』に感謝しました。

 

我が家の唯一の聖なる水源
我が家唯一の母なる水源

 

 

接続当時は簡素なものでしたが、使っていくうちにどんどん改良が加わりました。

今では桶だらけです。

 

 

水は流れている。

こんな当たり前の事が今まで感じれなかった。

 

時間も水も止められない。
私たちの意識も止められません。

 

「流れるもの」「定義しようのないもの」
水や風や時間、「言葉」も同じくして発した途端に過去に流れ、「」を永遠に説明出来ない。

言葉にならないその「流れ」が万物万有を覗くための鍵かもしれませんね。

この世界は切なくて美しい

 

それでは良い日々を

 

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