猪の肉は犬の味

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本日お隣さんの秋野さんにイノシシの煮付けのような料理を頂きました。猪猟は寒い時期ですので去年の肉を調理して保存した逸品でしょう。ご主人さん、もう70から80歳位なのですが毎冬猪猟に出かけるそうです。

ここ宮崎県の山の手に越してきてからどんどん見えてくる人と山の付き合い。それは林業だの農業だの名前は付いてないんです。人々の暮らしがただ山の方で行われているだけなんです。
キノコは菌から打って
こんにゃくは芋から作って
水は山から引いて
風呂は薪で焚いて
山菜と肉を山でとる。

もちろん現代社会的な生活も送りながらなんですが、田舎の人々はとても社会からは自立的なんです。逆に言えば超大地依存的なんです。
豊かな自然あってこそなんですが、逆に自然さえあれば生きていける生き方をしているんです。
しかしそれは望まれたものではないので、現代社会の中で瞬く間に消滅するでしょう。
今、その消滅に中にいますよね。

現に彼らの子供世代は不便に見える田舎の暮らしを嫌ってもう町に出ました。
そのお陰で私たちは家賃2000円の家に住めているんですが。
しかしこうやってネットも引けて電気もきてます。

 

便の良さに合わせて作られた社会は、その社会の供給利便性で人々を虜にしました。
供給源のテクノロジーは人々に時間を与えて人々の時間を奪い、人々に能力を授けて人々の能力を奪う。
まるでテレビゲームのような幻想社会で手に入れた電子マネーとデジタル経験値は、当然その幻想が崩壊することを許しません。
そこでしか通用しませんからね。

そしてその社会の多くの虜たちは日夜、その社会に振り回されています。当然ですね。依存先ですから。

 

それもいいんです。

それもいいんですけど、その社会への依存と自立(大地依存)のバランス、両者を少し調整してあげれば、煩悩から多少解放され、生活における主導権を握り、ひいてはリズムの良い幸せな日々が送れるのではないでしょうか。

つまり社会というフィールドで生きながら、社会無しでも生きれる自立的スタンスを手に入れるという事です。

バビロン的発想から遠ざかる術を身につけるのです。

 

タイトルからだいぶ逸れたこの話、始めたからにはまとめます。その要点、私が何が言いたいかと言いますと「自立」は自己コントロールの獲得であり、遂行するには知恵が要るということです。

じつに様々な知恵が自立的生活と共に在ります。
種まきの時期から木を切る時期、調理法から治水、天候、実用的工芸品、周辺生物、、
知恵を得るほどどっしり座り込めるのは言うまでもございません。

ここで生活が始まって間もないですが、数々の大地と生きる知恵を教わりました。
それは持続可能な生き方の技なんです。
大地が持続する限り持続しますので、幻想社会の消滅におびえる事もありません。サーティーワンのアイスクリームは食べれなくなるかもしれませんが。

コンクリートもプラスチックもインターネットも欠かせません。が、しかし、「これがなくちゃだめ!」のスタンスを「これがなくてもやってける」にすると幸せになれるんです。
これは宇宙の摂理です。人間関係にも言える事です。
感謝もそこから生まれます。

 

初っぱなからだいぶタイトルを逸れて全く違う話になってしまいました。

聞き手のいない作文はしばし暴走します、、

 

スクリーンショット(2014-08-22 4.32.45)

結論を言いますと、イノシシ肉の味は犬の味です。
もちろん犬なんて食べた事ありません。

でも犬の味がするんです。

それでは良い日々を

 

 

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